日蘭交流の歴史 5 / 江戸参府 ~The Netherlands Food StyleVol.11

The Netherlands Food Style

日蘭交流の歴史 5 /

江戸参府 -オランダ人、日本を旅する、“阿蘭陀”美術、花の時代の終わり - 江戸時代末期

日蘭交流の歴史 (on The Eating Style)

日蘭交流の歴史 (on Kitchen Garden)

 

 

 

 

 

江戸参府 -オランダ人、日本を旅する

毎年行われた江戸参府は、オランダ人と日本人の役人が公式に面会する機会を与えました。
日本各地の大名と同様出島のオランダ商館長も江戸に上り、将軍に謁見するよう命じられ、そして、風説書と呼ばれる諸外国の政情を著した報告書の提出が義務づけられていました。また、江戸で将軍に謁見するには、数々の高価な贈物が必要とされました。遠眼鏡、西洋医学の道具や薬、大砲、地球儀、さらにはシマウマやラクダ、サルなど南国の珍しい動物なども贈られています。西洋科学の書物は特に喜ばれました。

1638年に将軍に贈られた銅製のシャンデリアは、外交問題の解決に一役買ったのです。この大燈篭の御礼に、将軍はオランダ人に高価な絹の着物を下賜されました。
*この大燈篭は現在も、徳川家康を奉る日光東照宮に保管されています。

 

 

“阿蘭陀”美術

オランダ人の出島での生活や江戸参府の様子は、日本人絵師を大いに刺激しました。
出島の暮らしぶりを描いた長崎絵は長崎を訪れる旅行者の最適な土産物となり、オランダ人の姿が陶器の絵柄にもなったのです。オランダから運ばれてきた絵画や絵本なども、絵師に創作のアイデアを与えており、司馬江漢は一度も見たことのないオランダの風景を描いています。(ただ、その絵にはオランダに無いはずの山が描かれています。)
川原慶賀は、フォン・シーボルトの個人的なアシスタントとし て、19世紀初期の出島の様子を絵筆で克明に記録しています。
*長崎絵やオランダ人の絵柄をあしらった陶器、その他オランダにまつわる工芸品は、長崎県立美術博物館、長崎市立博物館、神戸市立博物館で見ることができます。

 

 

花の時代の終わり - 江戸時代末期

19世紀は世界の政治情勢が大きく変化した時代。オランダは海の覇権を失い、代わりにアメリカとイギリスが勢力を拡大していました。アヘン戦争 (1839-1842)でイギリスは中国に対し、国際貿易港として5つの港を開港し、香港を割譲するよう要求したのです。

 

日本を追放されオランダで研究生活を送っていたフォン・シーボルトは、オランダ国王ウィレムII世にこう進言しています。
「将軍に直ちにアヘン戦争の結果を知らせ、鎖国を撤廃するよう促すべきである」、と。

 

ウィレムII世がシーボルトの助言に従い書いた国書は1844年、正式な儀式を経て長崎奉行を通じ幕府に手に渡されました。ただ幕府はオランダ国王の配慮には感謝したものの、助言に従うことは拒否しました。
オランダはドンケル・クルチウスを出島の商館長として送り込み、1852年、アメリカが武力で日本に開国を迫ろうとしている、と将軍に諫言(かんげん)の言葉まで伝えました。にもかかわらず幕府は最後まで耳を貸すことなく、1853年のペリーの黒船来航を迎えてしまったのです。

 

 

おはようございます。

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